2017年12月16日土曜日

light my fire


みんな元気かな。もう12月だ。
僕の部屋は暖房が壊れて、ただ大きな音でよくわからない風を吐き出すだけで、寒いよ。
ここにあるmacの銀色のアルミは冷めたくって、指先がしばれるよ。

本当に寒い。

もし一生が一度じゃないのなら、僕の選択は変わるかもしれない。

人生一度きり、っていうのはやはり難しい言葉で、一度だからこそ好きな事を後悔しないようにやりきろうぜという意味と、一度きりだからこそ自分を大事にしてよく考えて選択をするんだ、って両義だから、人生一度、という言葉は途惑う時にも最近はあまり効力がないような気がする。

寒い。

でもやっぱり、個人的には、「一生は一度だから好きな事を後悔しないようにやりきろう」っていう方の人生をやはり送るしかないんじゃないかって思い始めている。
まあ思ったりその時々で言うのは簡単なんだけどね。

思いつきで旅をしてもいいけど、やっぱりちゃんと覚悟と準備を持った旅の方が、有意義なんだよな。(当たり前だけど)

だから、ちゃんと覚悟と準備をした旅を始めたい。

今、27歳になった。歳を重ねるっていうのはなんかいつももうよくわからないんだけど。
例えばこの部屋に大きな音をさせて吹く、全然あったかくならない風みたいな。

人生は一度きりだ。
いくら風に問いかけても、答えはくれるはずもない。
きっと風にだってわからない、知ったように吹いてみせてるだけで。

生きる意味も正直よくわからない。
でも、生きる意味ばかりをただ考えて、現実を生きれないのはまずい。
ただ生きることなんてできない。生きるには現実があり夢があり、よくわからない風が吹いているのだ。

死んだ人のことを思うと、ふと思いつめていくと「もう二度と会えないんだ」って奈落の底みたいな気持ちになる。
その気持ちは、別に何にも癒されないだろう。

地球上のあらゆる人が、その実感をよくわからない風の中でそれぞれに向き合っているだけだ。

旅をしたい。
二度と帰らないような旅を。

帰る場所すら消えていくような、大きな旅がしたい。
一度の一生を希望で震わせたい。

このエアコンの壊れた12月の小さな部屋で 寒さに震えるのも、悪くはないけれど、僕は希望に震えたい。


君だってきっと



The time to hesitate is through
No time to wallow in the mire
Try now we can only lose
And our love become a funeral pyre.  
Come on baby, light my fire


躊躇う時は過ぎた
泥の上ををのたうつ時間はない
今やろう 僕らは敗れることしかできないんだ
僕らの愛は火葬の薪になるんだ

来て 僕を灯して




2017年3月24日金曜日

希望の星

すごく久しぶりに更新してみる

こういうのは大抵滞ってしまうからしょうがないのかもしれない
でもしょうがないとか言って自分を納得させるのはいかにも弱くてよくなくない

ほぼ一年ぶりのブログになるようだ。

この一年も色々あったなと思う
この世界に生きる全ての人たちに色々あったように僕もまた色々あったしその色々は
どれ一つとってもかけがえがなくて例え夜の芝生に寝っ転がって見上げた夜空に瞬くひとつ一つの星々の光がどれも似たようなものに見えたとしても遠い遠いはるか遠いところでは生命が生まれては死んで痛みと喜びを感じながら時間を過ごしているのだろうそれをただこの場所から見上げるだけでは小さな光の瞬きを曖昧に眺めることしかできないけれど

早口で言ってみた

時が経つのは早いけど時間を無駄に過ごしてるわけじゃない
無駄な時間なんてこの世にあるのかな

まあでも、生活をしていかなくちゃいけない

今、西暦2017年という時代の中で(時代という言葉は大雑把であんま好きじゃないけど)、自分たちのやってきたこととか、信じてきたこととかが、
うまく伝わらなかったり、誤解されたり、生き方に自信を失ったりするけど

今、岐路に立たされていて、それを常に省みながらも、時に卑屈な心を引き連れてでも、未来への希望を強く抱けるかどうか

それには恐ろしく具体的な方法論が必要で
希望とか言っても骨がなければすぐ溶け崩れてしまう

But still,
違う

That's why

希望を強く抱かないと









2016年3月16日水曜日

Take it easy



今、ポーランドのヴロツワフというところにいる。
I live in Wroclow in Poland now.

ポーランドについて、約一ヶ月が経った。
めくるめく疲労と驚きの連続の中に過ぎていったこの日々を、ぼくはまだ言葉で語る事は出来ない。アイキャント。

いままで、ありがたいことにバングラデシュ、インド、タイ、ニューヨークに行く機会があったが、今回は人生初Europe。
そして、初長期間外国滞在。といっても5ヶ月くらいなのだけど。

僕が今一番直面している問題は、言葉だろう。
ことばがわからない。

Polish しかり English さえ、歯がゆく切なく苛々と理解できない。
そして、交換留学生は他のヨーロッパ諸国からもきている。
イタリア、スペイン、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、チェコ、ルーマニア、ウクライナロシア、ベラルーシ、、、
そしてみな、共用語として英語を喋り、たまに母国語をぽろっと喋る。

その飛び交う数々の言語はぼくのめのまえを素通りしてその言葉が理解できるひとのもとへ届いて行く。ぼくは曖昧に笑う。という現象が多々おこる。

それでも、コミュニケーションについて、あきらめたくない
あきらめたらそこで試合終了とはやはりなかなかいい台詞で、

悠然と構えていても試合は始まりもしない。
毎度毎度、諦めたくなったり実際諦める事も多いけど、

でもすべてを諦めてしまいたくはない

眼の前には美しい、

あまりにも美しい”初めてみたもの、出逢ったもの”が広がっている

一ヶ月経って、完全に僕自身の狭苦しい認識を越えたところにある世界を前に、
完全に浮き足立ちながら、おそらくまだまだ浮き足立ちながら

それでも笑ったりできる日がいくつかあったらうれしい。




Don't even try to understand
Just find a place to make your stand
And take it easy


理解しようとしなくていいよ
きみは自分の場所をみつければいい
気楽にやればいいよ





2015年12月22日火曜日

みんなすごい



生きることはたいへんだ。
よくみんな生きていると思う。

本当にたいへんだ。

もちろん、僕が感じているたいへんさよりも、はるかに、はるかに、たいへんな事を感じて生きてる人もたくさん、たくさんいるだろう。
でもたいへんだ。だから、たいへんだ。よくみんな色んな事を日々しながら、作りながら、済ましながら、交わしながら、耐えながら、学びながら、思いながら、生きていると思う。

この世に生きるすべての人間を、リスペクトする。

でも、耐えられずに死を選んだ人間を僕は責められない。
遺された人の辛さや哀しみは、到底想像もできないものだけど、生きることが、生き続ける事が正しいのか、よくわからない。
人生は長さじゃないとも思う。何を成し遂げたかでもないと思う。じゃあなんなのかと思うと、わからない。

25歳になって、10年前、という言葉がはっきりしてきた意識されて来た気がする。
15歳のことが、10年前だと思うと、はるかなる人生を感じる。

みんなは10年前、なにをどこでだれと、だろう。
10年後君は、僕は、なにをどこでだれと、だろう。

僕がなにをしていようが、君は興味ないかもしれないけど、僕は興味あるんだ。

空が青かろうが黄色かろうが関係ないんだ。

僕たちは死ぬ前に、後どれほど同じ空気を吸っていられるのだろう。

僕たちがしんでも、空気は続いて行くけど、僕らの身体が吐き出した二酸化炭素が溶け込んだ空気は、もう二度と無い。

だからなんなのだろう。だからなんなのというわけではない。

誰かが死ねば誰かが生きる。

世界は残酷だ。
やっぱり、残酷だと思う。

だから、エモーショナルになっちゃうよ。
感傷的になっちゃうよ。

感傷に酔う事は、おそらくあまり良い事ではないらしいけど、
それでも僕は今はこの感傷を止める事はできない。


世界は残酷だ。みんながんばって生きてる。
とりあえずえらい
えらいぞ!



We've come a long long way together Through the hard times and the good I have to celebrate baby, I have to praise you like I should I have to praise you like I should


僕たちはつらい時も嬉しい時も越えて
長い長い道のりを共に歩んできた

君を誉め称えなきゃ
僕は君に賞賛を送らなきゃね
僕は君に賞賛を送らなきゃね







2015年9月25日金曜日

だれもいないうみ


海がうつくしいことを、この前知った。


遅い、と思うかもしれない。

でも、その海はうつくしくてたまらなかった

海がうつくしいことを、ぼくはいままで知らなかったことをそのとき知った

その海は、けっして写真には撮れない美しさをもっていた。
いや、そういういいかたをすると素晴らしいカメラマンの方たちに失礼な言い方かもしれないけれど、その”うつくしい”海は、写真に収めてしまったら、ただのポストカードみたいになってしまう。
綺麗な写真になってしまう。
ましてや僕のポケットのiphoneのカメラではほぼなにひとつぼくが感じた うつくしさ をとらえるものじゃなかった。

沖縄の海。


沖縄に行ったのは、先月が初めてではなく、高校三年生のときに、修学旅行で行ったのだが、そのときには感じなかった、うつくしさ。

それは、あらゆる”記録”として目にする”綺麗な海”の退屈さじゃなかった。

ぼくの両親の出身地香川で、小さい頃よくみていた、瀬戸内海の深い紺にかんじる少し恐い距離感とも違った。


沖縄の海は、あたたかく、透明で、ただ水色で、畏れがあり、途方なくまばゆかった。

まばゆかった

そのまばゆい海をみながらしばらく言葉を失って、
いままで悲しませてしまったひとのことや、嬉しかったことや、自分のちっぽけさを(ありきたりな言い方だけど)、まばゆさ が想い出させて、ぼくを打ちのめした。

まばゆい海

海はただ水がたくさんある場所じゃなかった

もっとたくさんの命の溜まり、流れる場所だったんだということを
うつくしい ばしょだったんだということを、知れた。


なんかなまぬるい文章だし、よくわかんないけど、想い出したので書いてみた。


おやすみなさい。











沖縄の秋はまだまだこないみたい



2015年9月14日月曜日

Killing Me Softly


英語を勉強せねばならない。


これ、何年同じこと言ってるんだろう。

そして、僕のまわりにも、同じことを言ってる友人が、何人もいる。

おおくの、英語の話せない日本人は、英語話せるようになりたい、と思ってるだろうな。

でも、”話せる”ようになるには、


目を閉じて、

英語の名曲のフレーズをひとつふたつ口ずさんで、

バドワイザーを一飲みして、

ふたたび目を開けたら



話せるようになるわけじゃない。






毎日毎日、言葉や文法を覚えて、話せる人と話し、指摘してもらい、英語の本を読み、わからない部分は調べ、覚え、話し、お金を払ってスクールに通ったり、テキストを買ったり、恥をかきながら、時間を費やしながら、

勉強
しなきゃいけない。



わかりきったことだ。



中学1年生の二学期からもうわかっていたことだ。

”勉強”しないとわからないのだと。


Ms.Green が、何言ってるのか、さっぱりわかんないのだと。





今、24歳だ。
一説によると人間の脳が柔軟に新しいものを吸収するのは25歳くらいがひとくぎりらしい。


だとすると、やばい
一生japaneseしか喋れない人になってしまう。


いや、全然いいんだよ、本当はそれで。
japaneseしか喋れなくていいんだとおもう。


Englishしか喋れないひとがこの世にどれだけいるのだろう


でも、だめなんだ


すごく残念だけど



japaneseはjapaneseとjapanに深い理由のある人しか話さないから。

だけどenglishは

くらべものにならない多くのひとが喋るから

ただそれだけのりゆう


englishが生まれつき喋れるひとはほんとにらくだよなあ。(率直)
そのままの顔つきで、おおくのひとと話せるんだからなあ。
え、話せないの?ぐらいのかんじで…

でもそんな、つまらないことを言ってる場合じゃないんだよな


その完全なるコロニアルな世界観は、ほんとに気に食わないけど、
そんなことを言っても世界は変わらない (僕一人が変わったほうがはやい)

でも、勉強しようとすると苛々する。


でも、勉強しないと、なにもわからないままだ。


わかりたい。


純粋に、おおくの英語を話す人と話したいし、

現代美術は 紛れも無く英語圏の文化だし、


そもそも話せないという選択肢がないんだよな。


自分が人生に希求するものをちょっとでも考えたときに。




でも、勉強は続かないけど、でも、でも、

いや


but!!



I want to speak English because I want to meet somebody in this world!
だめだ…

でも、そうしなきゃいけない。


世界はゆるしてくれないのだ。


それでも世界はtoo much love


果てしなくつづくのだ


愛してるよ








歌詞の意味がよくわからないのとかなによりつらいしね






2015年9月13日日曜日

幻滅



たぶん、このブログ?は、SNSやLINEと違って、ほとんど誰の眼にも触れていないだろう。

なんだか間も空いてしまう。
でも、だからこそ、培えるなにかもあるんだと思って、たまにやっていきたい。

もしかしたら、この先なにかみつかるかもしれない。


そしてこのブログは(ブログ、という響きにあるどこか一昔前で気恥ずかしいかんじはなんなのだろう)いままで何回かの更新は、なんかどんよりしてたので、もう少し気楽にやってみてもいいのかもしれない。

でも、ブログを(何度でも言う)書こうとするのは、大抵深夜だから、なんかどんよりとしてしまう。狂おしくなってしまう。

だったら、ブログ()なんて書かなきゃいいのにともおもうけど(特に誰にも望まれてもいないし)
そこが僕の、くそなところで、なにか、なにかになるかもというキモちわるい願いが、猛威をふるっては過ぎ去っていくのです そしてまた




この前、一年ぶりくらいに会った友達 の話。



大学を卒業して、その人とはそれっきり会っていなかった。
でも、Twitter と Instagram で、つながっていた。

僕のそのての更新はわりと多い(ついアップしてしまうその衝動に勝てない自分が嫌になる)のだが、一年ぶりに顔を合わせた時に、こういわれた。




「SNSで観てるから、すごい会ってる気がする」



悲しいような、嬉しいような、さみしいような、楽しいような、気持ちになった。

一年、というのは僕にしたら結構な年月なのだけど、
その年月が変えようとする”なにか”を、
そういうものは暴いて、だだ流しにして、会っている錯覚を起こしてしまうほど
、生々しい、それがその人 だと"信じて"錯覚してしまうほど、
虚ろな画面のむこうから、親密に人に迫っているのだと、実感した。


僕は照れて笑うほか無く、遠くても近くても無神経に繋がるそのようなもの への幻滅を、あらためておぼえたのだった。


でも、それは同時に、心強いことでもあるし、毎日一分一秒燃え尽きてしまうこの感情の、情景の爪痕を、ネットという謎な大地に書き付けて、それをキャッキャいいながら見せ合う事も、それはそれで素晴らしい事だと、思ったりもする。



生の出逢いの”神秘”のようなもの ”想像” のようなもの


”時”のようなもの を、


SNSはぶっ壊して、ひとを傷つけたりついたりすることも、当然あるとおもうけど、しょせんSNSはSNS、あんまり信じすぎないでいいとおもう

それはそれ、これはこれ、なにせ虚ろな画面に光る切ない情報でしかない
それよりは目の前で生き生きと話す人間を信じたい

でも、実際に会うよりも、そのようなネットの大地(大海?)の言葉を知るほうが、その人のなにか深層のようなものは、知れるのかもしれない。

でも、深層なんてあるのかしれない。
それはそれ、これはこれ、
あれはあれ、君は君だよ。



最後に、その友人との別れ際の会話が印象深かった。



楽しく話したあと、僕が

「SNSで毎日会うのもつまらないから更新するのやめようかなあ」とぼやいたら、

「でも、いいね!とかなにか反応しなくたって、観てる人はいるから、
少なくとも私は、観てるから、たまに届いてるから、たまに更新してね」

そんなようなことをいわれて、僕はSNSに幻滅しながらも、もうすこしやってみようと、ただなにかがなにかへなるそのなにかのなにかになるのかもしれないと、それはぼくだけのことじゃなく、おたがいに生きる事 を届けあえるような関係であれたらと



ほのかな希望を、



この大地に託して











先日 沖縄 に2週間衝撃的な滞在をしたので、かれらを

live in okinawa.. so far..